軍隊堅麺麭(グンタイカタパン)昭和54年のパンニュース社の記事より

JUGEMテーマ:美味しいパン

”昔の軍隊堅麺麭を再現”
  鯖江・木村屋のアイデアマン古谷欽一氏 


 鯖江の木村屋の古谷欽一氏、欽ちゃんといえば、
知る人ぞ知るアイデアマン、研究熱心で聞こえる人だ。

フランスパンは、パリのグランド製粉で、
ドイツパンはヴァインハイムのマイスター養成所で、
みっちり学び、鯖江の消費者に本物の味を定着させた。

常に世界のパンに興味を持って新製品開拓に余念がないが、
昨年から、昔の軍隊堅麺麭を売り出し、福井新聞にも出たこともあって、
福井県下はもとより、名古屋、岐阜あたりからも注文が相ついでいる。

 木村屋は、欽一氏のお父さんの伍一氏が、戦時中、旧陸軍三十六連隊の
指定を受けて堅パンを製造していた。当時の軍隊は非常にきびしく、
製造には必ず憲兵が立ち会っていたが、見ていた欽一少年に、
そっと一つ食べさせてくれた。その味は、忘れられなかった。

 一昨年の秋、沖縄を訪れた古谷氏は、慰霊碑に参拝して、
ふとこの堅パンを思い出し、父親から製法を聞き出し、
手作りで製造を始めた。

 国産の小麦粉を用い、すべて昔の味と形を再現したという。

 パンニュースで試食したその堅パンは、割ってから口に入れるほど堅いが、
味はミルクがたっぷりで甘さもほどよく、大変おいしい。
若い女の子が『昔の人はこんなおいしいものを食べていたのですか』と
本気でいったほど。

 油ぬきクラッカーのような塩味の乾パンは戦争中試食にありついたが、
三十六連隊のは、それよりずっと上等である。

 木村屋総本店の木村栄一社長によると
『日露戦争の時、これと同じものを木村屋が軍に納めていた』とのことだが、
軍の総元締だった阿久津先生も本当になつかしそうだった。

 古谷氏のもとに現金をそえて注文してくる遠来の客たちの手紙は、
孫たちに味あわせたい、なつかしい、という折目正しい感謝の手紙である。
製造者冥利につきる感じだが、『これを山仕事に持っていくと、軽いし、
かさばらず、午前に一枚、午後に一枚、結構お腹の虫が楽しめます。
堅いというけれども、鎌や鉈で割れば細かくなるし、ほうばっていれば
楽しみです』という感想もよせられ、まことに楽しい。

 写真のように『軍人の夢の味』とうたい、
バックは慰問袋というこりよう。ミリタリールックをレジャールックに
かえても通用する実力をもっている。


〜昭和54年6月のパンニュース社の記事より〜
(上記の文は パンニュース社の創業者 故 西川多紀子社長 )


 


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