2016年 銀座木村屋総本店*報恩感謝・祖先祭

東浅草にある曹洞宗寺院・洞雲山東禅寺は、
寛永元年(1624)開基格州和尚、開山哲州和尚により創建されました。
正面には東京都指定有形文化財である江戸六地蔵の一つ銅造地蔵菩薩坐像が鎮座し、
左隣には、銀座木村屋総本店の開業者.
木村安兵衛と妻ブンの夫婦像があります。
神恩、天恩、人恩、自然の恩、師の恩、親の親
   ”感謝と報恩”
銀座木村屋総本店睦会祖先祭は、
今年(2016年5月9日)
百十五回目が執り行われました。

 


世界共通の、美味しいサンドウィッチのレシピは?

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先日、草月流四代目家元の
勅使河原 茜さま
が、
福井県鯖江(さばえ)の当店へ
お越し下さいました。

”Kin-chan” ”Kin-san”の愛称で親しまれた
二代目(先代)古谷欽一の思い出は、
パンと共に、三代目へ
今でもずっと引き継がれています。

”ニューヨークで
先生と一緒に、二代目も舞台へ上がって
歌ったおはなし”

日本を代表する、勅使河原先生のお話は、
引き継ぐ私たちの心にも、深く響いてきます。

『帰ってパンをいただくのが楽しみです!』

 お言葉をいただいて、ありがたく、
 感謝のきもちで一杯です。





サンドウィッチは
何をはさんで食べると一番美味しいですか?ー

この質問に、

『夢を挟んでたべると一番おいしいです』
これが二代目の、いつもの答えでした。

きっと、世界共通の美味しいかもしれません。

今日もパンの中には
たくさんの幸せが、詰まっています。

パンを分け合って、少しずつ・・・

ありがとう。

FM福井 ラジアップ パティシエ男子・ベーカー男子の収録がありました!

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FM 福井 ラジアップ
パティシエ男子・ベーカー男子の
ラジオ番組の収録がありました。

パーソナリティーは 
掘謙 HORI KENさんです。

アイアン試食人として
三代目が出演しました。

ホリケンさんと、20年ぶりの再会でした。

20年前、
ホリケンさんがFM福井に入社して間もない頃、
パン工場のフランスパン専用釜の音を録音する取材に
来られた事、今でもよく覚えていますよ!!!




 
 

パンの記録の旅へ お世話なった、レイモン カルヴェル先生ご夫妻

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日本でフランスパンの神様と称される、
   レイモン カルヴェル先生ご夫妻と、パリにて。
 (このときは、秘伝のリュスティックを教わりました)




ヨーロッパンキムラヤ 二代目・三代目と、
大変お世話になりました。
今から18年前の三代目です。(左端)











 

パリへ、日本で育った夢いっぱい しあわせのパンをお届けしています。

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 フランス・パリへ、
  大福あんぱんをはじめ、

 日本で育った、
  夢いっぱいの幸せのパンをお届けしています。





 今回も、9月末のパリコレクションへお届けいたしました。

世界から伝授されたパンが、日本のパンとして
当たり前のように食卓に並ぶようになったことは、
先人たちの努力と知恵から生まれたものです。

フランスのパン、ドイツのパン、イタリアのパンなど
 世界中のパンと、
 日本の夢いっぱいの幸せのパンが
 食卓に並んでいるのは

 世界の食卓から見れば、
   当たり前ではないのです。

あこがれの場所へ、今

 日本で育った、
 夢いっぱいの幸せのパンをお届けしています。






 

パンの記録の旅から〜ロシア沿海州への船旅 (1995年パンニュース社記事より)

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ロシア沿海州への船旅 
(1995年10月25日水曜日 パンニュース社記事より)
<文・パンニュース社創業者 故 西川多紀子社長>

去る九月、私は鯖江のヨーロッパンキムラヤ古谷欽一社長に誘われ、
敦賀〜ナホトカ〜ウラジオストック〜敦賀と行程の
『ロシアクルージング』に参加、五日間、初めての船旅を経験した。
参加者二百四名が二万二千トンの豪華客船を借りきっての旅行だった。

 

古谷さんはサハリンへの船旅の経験から、
「船でゆっくりロシアのパンを食べに行こう」と声をかけてくれた。
仲間をパンニュースで誘ったところ、野村君が独り応じてくれた。

<中略>

昼食の時、古谷さんが船のベーカリーの見学許可をとったから
行っていらっしゃいという。

仕事仕事と張り切って行ったら、キッチンの一画に平窯があった。
ロールパンを焼いていたのは若いコックさん。ロールパンは冷凍生地だった。
冷凍庫にはK社の冷凍生地入り段ボール箱がぎっしり。
でも「解凍、ホイロ、馴れるのにちょっとかかりましたよ」
とコックさんは言っていた。

フランスパンは焼成冷凍である。
船というマーケットがあるわけだ、と野村君と顔を見合わせて納得。
古谷さんは席をたたずまだ飲んでいて、
私たちの報告をにこにこ聞いている。
とっくに知っていたに違いない。

<中略>

朝食は和食と洋食が用意されており、
野村君は和食を平らげてから、パン食一式を食べる。
たくましい若者の胃袋。
どうかこの平和が続きますように。

*船内でのロシア語の勉強*

ロシア語教室に参加した。

ロシア語の先生は戸泉米子先生。
日・ロ親善協会福井県支部長、日・ロ親善協会全国理事をしておられ、
福井県今立町にお住まいである。
八十歳を超えておられるのだが、美しい方で、ロシア人の心情と合わせて
①あいさつ ②知っていると便利な表現 ③自己紹介 
④ アルファベット ⑤数字を明快に教えてくださった。

先生は、
「キムラヤさんはまれに見る仕事熱心なお方で、
感服しております。これ程ご自分の仕事に徹しておられる方は、
なかなかいらっしゃらないでしょう。
だからこそパンのわかる人々によってキムラヤは有名になっているのでしょう。
私は育ちがウラジオストックですので、米食よりも
パン食の方を好んでいます。
ロシアの黒パンはロシアの料理になくてはならないパンです。
黒パンにその重み程のキャビア、イクラ、チーズ
その他をのせていただく味は幸せそのものです」
と言っておられた。

その他、おつまみ料理の先生は船の料理長、
カクテル教室の先生は若いバーテンダー。
それぞれプロフェッショナルの風格力量充分で楽しかった。


 

”欧州の味”を学ぶ 食文化 鯖江デザート菓子講習会(1979年 福井新聞より)

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鯖江 デザート菓子講習会



風変わりなお菓子を作ってみませんか?と鯖江市民公民館でこの程
『デザート菓子』の講習会が行われた。同講習会は市内旭町二丁目でパン屋を経営する
古谷欽一さんが珍しくておいしいお菓子の作り方を家庭の主婦に知ってもらおうと
開いているもので今年で三回目。

講師には、古谷さんがスイスのリッチモンド市の菓子学校で同じ研究生として机を並べた
帝国ホテルの加藤菓子部長を招いた。
この日は、小浜市、大野市など県内から約三十五人の主婦が参加、熱心な態度で菓子作りに
取り組んだ。

 この日のメニューはフランスやスイスの家庭で日常手軽に作られているカフェが入った
カステラ風のプロフィットロールやブランデーを使ったクレープシュゼット、
それに香りのいいシュワッツワルトラルの三つのデザート菓子を題材にした。

 まず加藤部長から菓子作りのポイントが説明された後、調理に移った。
バター、卵、強力粉の混ぜ具合や鉄板の温度かげんなど菓子作りの要点を挙げながら
進められる間も、主婦たちはメモを取るのに一生懸命。加藤部長のしぐさをじっと
見つめていた。

 説明を終えた午後からは、四班に分かれて、実習に移った。ちょっとした温度差でも
失敗する菓子作りとあって、主婦たちは真剣そのもの。指導に当たる加藤部長は
忙しく飛びまわっていた。

(福井新聞より)

軍隊堅麺麭(グンタイカタパン)昭和54年のパンニュース社の記事より

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”昔の軍隊堅麺麭を再現”
  鯖江・木村屋のアイデアマン古谷欽一氏 


 鯖江の木村屋の古谷欽一氏、欽ちゃんといえば、
知る人ぞ知るアイデアマン、研究熱心で聞こえる人だ。

フランスパンは、パリのグランド製粉で、
ドイツパンはヴァインハイムのマイスター養成所で、
みっちり学び、鯖江の消費者に本物の味を定着させた。

常に世界のパンに興味を持って新製品開拓に余念がないが、
昨年から、昔の軍隊堅麺麭を売り出し、福井新聞にも出たこともあって、
福井県下はもとより、名古屋、岐阜あたりからも注文が相ついでいる。

 木村屋は、欽一氏のお父さんの伍一氏が、戦時中、旧陸軍三十六連隊の
指定を受けて堅パンを製造していた。当時の軍隊は非常にきびしく、
製造には必ず憲兵が立ち会っていたが、見ていた欽一少年に、
そっと一つ食べさせてくれた。その味は、忘れられなかった。

 一昨年の秋、沖縄を訪れた古谷氏は、慰霊碑に参拝して、
ふとこの堅パンを思い出し、父親から製法を聞き出し、
手作りで製造を始めた。

 国産の小麦粉を用い、すべて昔の味と形を再現したという。

 パンニュースで試食したその堅パンは、割ってから口に入れるほど堅いが、
味はミルクがたっぷりで甘さもほどよく、大変おいしい。
若い女の子が『昔の人はこんなおいしいものを食べていたのですか』と
本気でいったほど。

 油ぬきクラッカーのような塩味の乾パンは戦争中試食にありついたが、
三十六連隊のは、それよりずっと上等である。

 木村屋総本店の木村栄一社長によると
『日露戦争の時、これと同じものを木村屋が軍に納めていた』とのことだが、
軍の総元締だった阿久津先生も本当になつかしそうだった。

 古谷氏のもとに現金をそえて注文してくる遠来の客たちの手紙は、
孫たちに味あわせたい、なつかしい、という折目正しい感謝の手紙である。
製造者冥利につきる感じだが、『これを山仕事に持っていくと、軽いし、
かさばらず、午前に一枚、午後に一枚、結構お腹の虫が楽しめます。
堅いというけれども、鎌や鉈で割れば細かくなるし、ほうばっていれば
楽しみです』という感想もよせられ、まことに楽しい。

 写真のように『軍人の夢の味』とうたい、
バックは慰問袋というこりよう。ミリタリールックをレジャールックに
かえても通用する実力をもっている。


〜昭和54年6月のパンニュース社の記事より〜
(上記の文は パンニュース社の創業者 故 西川多紀子社長 )


 

”あんpain”をパリコレクションの皆さまへお届けしました。


日本のアニメやファッションなどが
フランスでその魅力を伝えたように、

日本のパン文化 ”あんpain" を
パリへお届けしています。



”あんpain"は、
大好きなバゲットやカンパーニュなどと
日本で一緒に育ったパン

欧米の世界にはない
日本のパン文化は、

日本とフランスの架け橋となって
世界へと・・・



  février (02/2014 AUTUMN WINTER  パリコレクションにて



今回は、”エスプレッソ あんpain" と
    ”Paris メロン”を
    お届けしました。



 

伝授されたイタリアのパン


1998年、イタリアで二代目が
本場の製造技術を習得した記事は、
イタリア全国紙と、また、シシリア島の新聞にも
大きく取り上げられました。


(左から二番目が二代目、右から二番目は
今年8月に逝去された、パンニュース社 西川多紀子会長)





地元、福井新聞には、1995年に福井県鯖江市で開催された
世界体操鯖江大会に合わせて世界各国の選手の方々に
本場の古里のパンを食べてもらいたいと長年取り組んできた
パンへの情熱と、それからも続く
本場のパン作りに懸ける想いが綴られています。



そして、パンを納入させていただいた
イタリア大使館より、激励のお言葉を賜りました。



 


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